―・・助けて。
小さく、声が聞こえた。
今喋ったのは、誰だ?
俺を取り囲むダーカーか?
ダーカーは、人語が喋れるのか?
それとも、突拍子も無い幻聴か?
もう、頭が可笑しくなったかな。
・・・・助けて?
何言ってんだよ、助けて欲しいのは俺の方だよ。
降り続く雨の中、大地に付けた膝を離せないまま、
アイルはただ静かに曇天の空を仰いでいた。
雨で透けたシャツの下で、深紅の造龍の模様が、
まるで火が燃えるように、水が揺蕩うように、
血が流れるように、鈍く鈍く光を放っていた。
こんな身体にされて、自分の身体なのに、自分で制御も利かなくなってさ。
『管制よりアークス各員へ緊急連絡、惑星ナベリウスにてコードD発令!
フォトン係数が危険域に達しています!繰り返します・・・』
端末から、慌ただしいアナウンスが聞こえた。
まだ回線等は生きていたらしい。流石はアークスの最先端技術で作られた端末だけはある。
タイムマシンで飛ばされてから、1時間近くが経過したらしい。
霞掛かった虚ろな瞳で一点を見つめ、今更な通達を右から左へ受け流していた。
絶えずアイルを打っていた灰色の雨はやがて、真っ赤に変わった。
“ベイゼ”というダーカーの核の破壊が遅れると、こんな真っ赤な雨に降られる事がある。
この雨には毒性があり、浴び続けるのは危険だ。何処かへ退避しなければ。
・・とは言うが、今はダーカーの群れに完全に囲まれており、逃げる道すら無い。
「・・・・・あぁ・・・もう・・・沢山だ・・・・・・」
決意するように、諦めるように、ぽつり、と小さく口に出し、
ゆらりと立ち上がり、前へ歩き出す。
ダーカーがアイルの胸を切り裂くべく飛び掛かって来る。
雨の滴と、濡れた前髪で前がよく見えない。それなのに感覚は冴え渡り、
刀で攻撃を弾いては、ダーカーの脚を全て切り落とす。
ただの塊となったダーカーの山。何て凄惨な光景。
それなのに、胸は高鳴り、それに比例して龍の模様はより赤く鮮烈に光る。
恨み、憎しみ、不安、恐怖を全て込め叫ぶ。
それにより、またダーカーが数体増える。
増えたらまた片っ端から押し倒して千切った。
刀を鞘へ納め、少し発達したその牙のみでダーカーの群れを、
まるで獣の様に食い荒らした。
ダーカーが全てただの欠片と化して尚、衝動は止まらない。
森の最奥、大木が何本も立っている広間まで来た。
何かが溢れるのを抑え込むように、自分を抱くようにして崩れ落ち、
浅い呼吸を繰り返す。
小さな背中を駆ける、このゾクゾクとした感覚は果たして、
寒さか、恐怖か、快感か。
ここなら、木の葉が屋根になり、雨をあまり浴びずに済む。
大木の影に隠れるようにして座り込んだ。
少しぼーっと真っ赤な空を眺めていると、背を預けた大木の向こう側に気配を感じた。
雨に混ざる毒の香りで嗅覚が鈍っていて、何者か確認できないが、
この状態でこんな所に居るのは、せいぜいダーカーと、逃げ遅れた原生種と、
帰れない自分一人くらいなものだろう。
何にせよ見つかれば面倒だ、すぐに斬り捨ててしまおう。
音を立てぬよう立ち上がり、最速で抜刀しながら駆け寄り、刀を振り上げ、
切っ先に手ごたえを感じた瞬間、思った。
しまった―。
自分と同じに、瞳孔をかっ開き、ゆっくりと倒れゆく、青い髪の少年。
1秒後、背後では、ボトリと何かが落ちる音がした。