―・・助けて。

小さく、声が聞こえた。

 

今喋ったのは、誰だ?

俺を取り囲むダーカーか?

ダーカーは、人語が喋れるのか?

それとも、突拍子も無い幻聴か?

もう、頭が可笑しくなったかな。

 

・・・・助けて?

何言ってんだよ、助けて欲しいのは俺の方だよ。

 

 

A.P.238 2/20

 

降り続く雨の中、大地に付けた膝を離せないまま、

アイルはただ静かに曇天の空を仰いでいた。

雨で透けたシャツの下で、深紅の造龍の模様が、

まるで火が燃えるように、水が揺蕩うように、

血が流れるように、鈍く鈍く光を放っていた。

 

こんな身体にされて、自分の身体なのに、自分で制御も利かなくなってさ。

 

『管制よりアークス各員へ緊急連絡、惑星ナベリウスにてコードD発令!

フォトン係数が危険域に達しています!繰り返します・・・』

端末から、慌ただしいアナウンスが聞こえた。

まだ回線等は生きていたらしい。流石はアークスの最先端技術で作られた端末だけはある。

 

タイムマシンで飛ばされてから、1時間近くが経過したらしい。

霞掛かった虚ろな瞳で一点を見つめ、今更な通達を右から左へ受け流していた。

絶えずアイルを打っていた灰色の雨はやがて、真っ赤に変わった。

“ベイゼ”というダーカーの核の破壊が遅れると、こんな真っ赤な雨に降られる事がある。

この雨には毒性があり、浴び続けるのは危険だ。何処かへ退避しなければ。

・・とは言うが、今はダーカーの群れに完全に囲まれており、逃げる道すら無い。

 

「・・・・・あぁ・・・もう・・・沢山だ・・・・・・」

 

決意するように、諦めるように、ぽつり、と小さく口に出し、

ゆらりと立ち上がり、前へ歩き出す。

ダーカーがアイルの胸を切り裂くべく飛び掛かって来る。

雨の滴と、濡れた前髪で前がよく見えない。それなのに感覚は冴え渡り、

刀で攻撃を弾いては、ダーカーの脚を全て切り落とす。

ただの塊となったダーカーの山。何て凄惨な光景。

それなのに、胸は高鳴り、それに比例して龍の模様はより赤く鮮烈に光る。

 

恨み、憎しみ、不安、恐怖を全て込め叫ぶ。

それにより、またダーカーが数体増える。

増えたらまた片っ端から押し倒して千切った。

刀を鞘へ納め、少し発達したその牙のみでダーカーの群れを、

まるで獣の様に食い荒らした。

ダーカーが全てただの欠片と化して尚、衝動は止まらない。

 

森の最奥、大木が何本も立っている広間まで来た。

何かが溢れるのを抑え込むように、自分を抱くようにして崩れ落ち、

浅い呼吸を繰り返す。

小さな背中を駆ける、このゾクゾクとした感覚は果たして、

寒さか、恐怖か、快感か。

ここなら、木の葉が屋根になり、雨をあまり浴びずに済む。

大木の影に隠れるようにして座り込んだ。

 

少しぼーっと真っ赤な空を眺めていると、背を預けた大木の向こう側に気配を感じた。

雨に混ざる毒の香りで嗅覚が鈍っていて、何者か確認できないが、

この状態でこんな所に居るのは、せいぜいダーカーと、逃げ遅れた原生種と、

帰れない自分一人くらいなものだろう。

何にせよ見つかれば面倒だ、すぐに斬り捨ててしまおう。

音を立てぬよう立ち上がり、最速で抜刀しながら駆け寄り、刀を振り上げ、

切っ先に手ごたえを感じた瞬間、思った。

しまった―。

自分と同じに、瞳孔をかっ開き、ゆっくりと倒れゆく、青い髪の少年。

 

1秒後、背後では、ボトリと何かが落ちる音がした。