「俺が助けた新人、左腕が失くなってたんだよ」
ゼノがそう話始めた瞬間、アイルの肩がビクッと震える。
「・・・へえ?」
何でもないような顔をつくり、相槌を打つ。
「傷口はしっかりと塞がっててな?落とした腕はどこに行ったのかと聞くと、『食べられてしまいました』と言ったんだ」
ゼノはまるで怪談話でもするような口調で、にたにたと気味の悪い笑顔で話続ける。
こちとら正直気が気じゃない。冷や汗が止まらない。
覚悟はしていたつもりだったが、まるで処刑寸前の死刑囚の気分だ。
もしくは猫に嬲られる鼠だろう。
「・・・・ダーカーにな」
「・・・・・・・・・ほぇっ?」
思わずマヌケな声を出した。
「ダーカーに腕を切り落とされ、食われ、何とか自分で怪我を治癒したそうだ。現場は凄惨だったろうな。」
・・・まさか、俺の事を話してないのか?
何で・・・・・・・・・
「メディカルセンターに送った後も、何か考えるようにボーっとしててな?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・まさに今のお前みたいな感じだ」
呆れたようにゼノがアイルを見て溜め息をつく。
アイルはナイフとフォークを握り締めたまま、目の前に置かれた大きな丸鶏を眺め固まっている。
“何故だ?”という疑問が頭の中でぐるぐると回る。
「・・・・食欲なくしたぜ」
「はぁ?」
「また誘えよ」
そう言い残し、アイルは席を立った。
「・・・・おいおい・・・・明日は槍が降るだけじゃ済まねぇなこいつぁ・・・・」
驚きにぽっかりと口を開けたゼノを一人残して。
メディカルセンターの前に来た。が、
あいつに会うのは、まだ、頭の整理ができてから、
聞きたい事がまとまってからにしよう。
まずは帰還した報告と、任務達成報告をしなければ。
元居た部屋に戻り、タイムマシンを起動する。
光に包まれ、転送が完了した後、端末で時刻を確認する。
無事元居た日付、時間に帰ってきた。
問題は、歴史改変を行った後のこの時刻で、どれだけの影響を及ぼしているかだ。
それによって、俺の罪は免れるかもしれない。上手く立ち回れ。
深くフードを被り、俯いて会議室まで歩みを進める。
シップの住人達の声に耳を澄ませる。
先日ダーカーが大発生したが、運良くアークスに助けられ、事なきを得たと語る青年、
武器を壊してしまった事を咎められ、理不尽を訴える少年、
そして、乱戦の中、助けを求める少女の声が聞こえた、影を見た、と訴える青年の声が聞こえた。
一緒に話しているもう一人の青年は、そんな馬鹿な、と笑っているが、その声は確かにアイルも聞いていた。
あれは生存者の声だったのだろうか。無事救出されたのだろうか。
あの時の自分は、完全にそれ所では無かった・・・・
もしもあの声の主が、助かっていなかったら・・などと考え、何となく無念に思っていると、
『ダーカーを喰うアークスが居る』という声が聞こえ、ピタリと歩みを止めた。
背筋がゾクゾクと寒くなる。
少し物陰に隠れ盗み聞きしていると、どうやらあの逃がした研修生が喋ったようだが、
まるで都市伝説のように、話している青年は面白可笑しく、信じていない、といった口調だった。
“化物”呼ばわりは腑に落ちなかったが、とりあえずは放っておいても大丈夫か・・・・と胸を撫で下ろし、その場を離れた。
街角に貼られた、自分がモデルになったポスターの前で足を止める。
ポスターに手を添え、眺める。
母の手伝いで、こうした事をする機会が多々あるのだが、今はあまり派手な活動は控えるべきだろうか・・?
先日のダーカー大発生に伴い、活動休止とでも何とでもマスコミには言っておこう。
ポスターの端を掴み、思い切り引っ張り、剥がした。