会議室の椅子に座り、くるくると回って遊ぶ。
そんなおどけた様子のアイルを、研究者の男はやや苦笑いで資料を手に眺めている。
何をしているのかと言うと、報告書を書くのを免れようとしているのだ。
当然、自分に都合の悪い事は全て闇に葬り去るのだが、それにしたって面倒臭い。
そうこうしているうちに数十分が経ち、アイルがお茶菓子を貪り食い始めたので、
とうとう男が折れて、口で言ってくれれば僕が纏める、と提案した。
その言葉を待っていた!と言わんばかりの勢いで、机に肘をつき、男の顔を真っ直ぐに見た。
研究生を無事数人逃がした事、少女の声を聞いたが所在が不明且つこちらも手一杯で救出に向かえなかった事、
その後ゼノと合流し、食事を終えた事などを話した。
男はその話をもとに、パタパタとキーを打っている。
そして、ここからが本題。自分で色々考えた末、自分にとって最善と思った答え。
「俺をもう一度あの場へ戻してくれ。」
それを聞いた男はタイピングする手を止め、驚いた表情でアイルを見る。
「何故だい?」
「やり残した事があるんだ」
真剣そのもののアイルの顔を見て男は少し考え、手元のデータを呼び起こした。
「君が任務を終え、シップに帰還し、端末にアクセスした所までしか戻せない」
それは恐らくゼノと合流する寸前、シップで項垂れている所辺りだろう。
「ならそこでもいい、戻してくれ。そして俺はもう戻って来ない。」
その言葉にまた、男は驚いた顔をする。
「それは・・・・・」
男が何か聞きたげに声を続けようとするが、その瞬間アイルがふいっと他所を向いたので、声を噤んだ。
「本当にそれでいいんだね?」
「ああ」
少しでも、考える時間を増やしたいのだ。
それに、こうする事で変わる未来がある気がする。これは俺の勘だ。
報告書は、適当に辻褄を合わせて書いて提出しておいてくれるらしい。
この歴史改変は、二人だけの秘密だ。
「じゃあ、転送するよ」
「頼む」
スイッチが押されると、アイルはまた光に包まれ、眩しさに目を閉じ、もう一度開けると、そこはもうシップの中だった。
この後ゼノから連絡が来て、飯を食う事になる筈だ。
そう考えていると、ピピッと通信機が鳴る。
「アイルだ」
「よー、そっちはどうだ?」
「数人救出した、全然余裕だぜ?」
「はっ、結構結構。俺はこれから任務の報告と・・・あと色々面倒が起きてなー・・・・」
「・・・?」
「まー無事ならよかった、今度飯でも行こうぜ、話はそこでな」
それだけ言って、通信は切れてしまった。
・・少し、筋書きと違うな?何故だ?
“面倒が起きた”とは・・・・?
とりあえず飯に行かないならここでボーっとしてても時間の無駄だ、と自室に戻る。
今日はひとまず休もう。流石に疲れた。
「よーアイルー!!!おかえりー!!!!!!」
戻るなり元気に声を掛けてくる、小さなアイルよりもまた数段小さい、
くるくるとした白髪に真っ白なスーツを着込んだ、通称『サポートパートナー』のあいじが小さな箒で部屋の掃除をしている所だった。
部屋は埃っぽく、鼻が少し痒い。
「あいじ・・・掃除する時は換気しろって前教えただろ・・・?」
「あーそうかー!!!!!!よし待ってろー!!!!!!!」
疲れている所にこいつのハイテンションはつらい・・・・
窓に向かって走っていった背中を、見計らうように別室へ姿を眩まし、早々にベッドへ飛び込む。
そこから眠りに落ちるのは一瞬だった。