深い深い青の空、

レンガ造りの美しい街並みも、街灯の無いこの通りでは見えず、

むしろ怪しい雰囲気を醸し出していた。


暗い路地裏に、コツコツと小気味の良い音が、一定のリズムを刻み、響く。

男が履くには少し高いヒールの靴、その前面は、どういう仕組みか、ライトが灯っている。

そのライトと同じ色の、憂いのかかった瞳は伏せられ、長い睫毛と、かかる前髪に隠されている。

故に、彼の表情を読み取る事は出来ない・・否、元々彼は、表情が硬い方なのだ。

ヒールの音と、カチャカチャと言う金属音。

それは彼の右手にある、バタフライナイフから聞こえているようだ。

彼はバタフライナイフを、まるでヌンチャクを扱う格闘家のように、

軽く投げたり、逆手にしたりと、華麗な指遣いで玩ぶ。

その動きは、ゆったりとした足並みと打って変わり、目では追いつかない速さだ。


今日はいつものコートではなく、赤いパーカーを着て、フードを深く被っている。

時々、水色の風船ガムを膨らましては破裂させている。

その姿はまるで、街をぶらつくゴロツキのようだ。


路地裏をずっと行った先、街の奥深く、最も暗い所で、

真っ赤なワンピースを着た、金髪の女が待ち呆けたように煙草を吸って待っていた。

「遅かったじゃないの――」

彼女の青い瞳を見返す事はせず、変わらずガムを噛む。

その手にあったナイフは既にどこかへ仕舞われている。

「レグ。」

女のその言葉を合図にするように、女を真っ直ぐに見据えた。

一瞬の静寂の後、膨らんだガムは、パンッ、と弾けた。

高い建物に隠されていた月が、男の顔を照らす。

すると、女の目は見開かれた。

「・・緑色の・・・瞳・・・?」

ほんの一瞬、考えるようにして、すぐに踵を返し、女は走り去ろうとする。

バタフライナイフを再び取り出し、その女の背中を、さっきまでと変わらぬゆったりとした足取りで追う。


彼の狩りは、1から100まで、全てが計算ずくなのだ。

女は、路地裏の行き止まりに突き当たった。

男とはまだ距離があるが、後ろにも上にも、逃げ場が無い。

男の歩く音は、少しずつ、少しずつスピードを増す。

彼女とあと3メートル程という所、左手でもうひとつ、バタフライナイフを取り出す。

左右のナイフが狂い無く、全くの左右対称で宙に浮き、その細く白い両の手の指に揺られ、女を追い詰めた。

「・・・っひ・・!」

女はすっかり怯え、壁に背を預けた。恐らくは、恐怖で脚が言う事を聞かないのだろう。

獲物を前に、昂ぶり、舞うようにして、その二対のナイフは動きを止めない。

落ち着かせる事こそ無いものの、その動きは女の目を奪った。


「・・・逃げ場」

「・・・っ!?」

口を開いた男に、女の身体は更に強張る。

「無くなっちゃったねぇ。」

「っ!」

その声はやはり、女の聞き慣れたものでは無かった。

「さぁ、どうする?そっちは逃げられないから・・・逃げるなら・・・こっちかな?」

「・・・・っ」

この狭い路地裏で、彼の横を通り逃げる事は、まず不可能だろう。

声の出ない女にもお構い無しに、男は言葉を続ける。

「さぁ、おいでよ・・・俺の元へ・・・、このナイフの元へ・・!」

男は手を広げる。

まるで、その胸へ飛び込めとでも言わんばかりに。


「分かるでしょう?君が悪いんだよ。

小汚い豚が、何度も俺の兄さんを誑かしたから」

一瞬の沈黙を置いた後、左右の手の動きは異なるアクションを見せ、

右手のナイフを逆手に取った、次の瞬間、

反射的に身を引いた女と、その鼻同士がぶつかりそうな距離まで、身体を揺らめかせながら距離を詰め、

右、左と、鋭いナイフで、狂い無く女の細い首筋を掻いた。

女は音も無く倒れ、大量の血が辺りを侵食してゆく。

被っていたフードが取れ、するりと、長い青色のメッシュが顔に流れた。

わざわざ浴びるようにして受けた返り血を袖で拭い、再び、付いた血を払うようにナイフを玩び始めた。

「・・一目で見分けも付かないなんてね。」

つまらなさそうに、女の荷物を片手で漁る。

「金髪に、青い目に・・兄さんと同じ銘柄の煙草・・・気に入らない」

横たわる女に跨り、その胸に何度もナイフを振り下ろす。


自分と周囲が真っ赤に染まった頃に落ち着き、ゆっくり立ち上がり、ナイフを仕舞う。

すると彼の中の何かが切れたようにふらつき、姿勢を取り直す。

「・・・・・終わった、の、かな。」

その声と瞳は、さっきまでと打って変わり、やや弱気なものだった。

ふらふらと歩き、最寄の公衆電話ボックスに入り、受話器を取る。

「・・・ああ、終わった。女と、その荷物は、好きに、してくれ。

・・首と、胸、数箇所だ・・・ああ、悪い。」

受話器を置き、小さく溜め息をつく。

相手は所謂、掃除屋だ。殺し方は綺麗な方がいいらしい。

「・・押さえ、られなかったんだろう・・・仕方、ない・・

俺には、よく、分かるよ。だって・・・・」

電話ボックスのガラス戸に手を添え、じっと見つめる。

本当は、このままずっと、硝子に映る自分の顔を眺めていたい。

しかしこの格好じゃ、そうもいかない。

もうすぐ、朝が来る。その前にここを立ち去らなければ。

手や髪、服から爪先に至るまでの全身が、あの女の血に染まっている。

大好きな、赤色に。


添えていた手で戸を押し、まだ暗い夜の街に、彼は消えて行った。