竹が風で揺らぎ、カタカタとぶつかり合う音が、暗い部屋の中まで聞こえ、

リラックスした耳に心地よく響く。

それはまるで、子守唄のようだった。

幼い頃より耳に馴染んだ、優しい母の声のような―

母の声など、聞いた事は無いが。


質の良い布団を畳の間に敷き、その上に横たわる青年、その名を、ミヅキ。

その凛とした名に似付かわしい、質素ながら整った顔立ち。

柔らかい漆黒の髪は、清楚に切り揃えられているが、

一箇所だけ、若竹色の髪が伸ばされている。

今宵は、その髪もやや乱れている。

寝苦しいのか、眉をひそめ、苛ついたような吐息を零し、寝返りを繰り返していた。


一時間程が経ち、彼はやっと静かに寝息を立て始めた。

懐かしい夢を見ながら。



「ねえ、本当にやるの?恐ろしい妖怪が出るんじゃないのか?」

緑青色の瞳を僅かに恐怖に染め、幼い少年は友人に訊ねる。

「でも、聞いてみたい事、あるだろ?」

髪を短く刈り上げた、活発そうな少年は、妖しく笑ってみせた。

怯えた少年は、幼少期のミヅキ。

その手には、文字の書かれた白い紙と、十円玉。

“妖怪”降臨の儀式に使用する道具、とでも言うべきだろうか。

あまり乗り気でないミヅキの心を置き去りに、その遊びは始まった。

「コックリさん、コックリさん、おいでください・・・」

間を置いた後、ゆっくりと、二人の人差し指を付けた十円玉が、鳥居の絵の描いた所へ向かう。

「えっ・・?お前・・動かして・・・」

「俺じゃない。・・・来たんだ。」

十円玉は、二人がその指に力を込めるまでもなく、ひとりでに動く。

「指、離すんじゃないぞ。」

それは、呪われてしまうからだ。

「聞きたい事、あるんだろ?聞いてみろ。」

「う、うん・・」

ミヅキには、本当に聞きたい事がある。例え相手が妖怪でも、それが気休めになるものであるならば。

「コックリさん、ぼくの身体は、丈夫になりますか・・?」

本当は、答えを聞くのが恐ろしかった。これでもし、NOと言われたらと思うと―

すると十円玉は、ミヅキの幼い指先でも離れる事が無いよう、ついていけるよう、ゆっくりと文字の上を滑る。

「は」と、「い」の上を。



「・・・っ!」

凄まじい気と、身体の上のどしりとした重みを感じ、ミヅキは目を覚ました。

だが動いたのは瞼だけで、身体はがちがちに縛られたように動かない。

「(・・・金縛りってヤツか・・?)」

竹が奏でる安らぎの音は止まり、その焦燥心を更に掻き乱す。

身体の上に感じていた重みは、ゆっくりと姿を現した。

その姿は、人型をした狐。いや、狐なのは頭部だけか。

なかなかに逞しいその身体には、黒い着物を羽織り、横たわるミヅキの腹にどっしりと

胡坐をかいて座っている。

噎せ返りそうな、香のように強く甘い香り。

狐が手に持っている煙管から漂っている煙の匂いだろう。

狐はその長い鼻先を、ゆっくりとミヅキの鼻先に近づけ、至近距離で顔を見やる。

「オイオイ、随分とちゃっちい奴に当たったな。」

狐の口からは何故だか、聞き慣れた自分の声がした。

「(ちゃっちいと言う表現を使われたのは、生まれてこの方初めてですよ。)」

ミヅキの口は動かない為、心の中で強く、訴えるように言う。

それでも狐には伝わったのか、その鋭い目を一瞬細め、煙を吸い、ふうっとミヅキの顔に吹いた。

まるで、もう寝ろ、とでも言うように。

それに応えるように目は眩み、ミヅキは再び眠りについた。

夢も見ぬ程、深く。