朝、彼は少し軋むベッドから、ゆったりとその身体を起こした。

未だ座った状態で大きな欠伸と、大きな伸びをひとつ。

少しオーバーサイズだと思われる、真っ白に洗い上げられた

清潔そうなYシャツをベッドへ投げ捨て、消炭色のシャツを羽織る。

前のボタンは留めずにドアを開き、そのままふらふらと何処かへと歩いて行った。


良い香りのする方へ歩き、ドアをもうひとつ開くと先ほどよりも広い部屋へ入る。

「・・ハヨ。」

まだ重い目を擦りながら、少し掠れたような声で言った。

すると、既にその部屋の奥で料理をしていたもう一人の男が、

それぞれの専用と思われるティーカップを取り出し、返事をした。

「・・おはよ、兄さん。ミルクティーで、いいよね?」

どこか、たどたどしい口調。

「おう、頼むわ」

テーブルの隅へ脚を上げ、前日の新聞を読み出す、

未だだらしなくシャツの前を全開にし、肌を晒している男は、レグ。

キラキラと光る綺麗な金髪も、そこに流れる深紅の美しいメッシュも、

今は寝癖だらけで見る影も無い。


ここは現在、人気がまるで無いどこかの島の淵、海の上だ。

昨晩そこまで、この大きな海賊船を動かして来たのもこの男。

この島じゃ、本日の新聞が手に入るはずも無い。


「どうぞ、兄さん。砂糖・・ふたつ。」

「お、サンキュな。」

新聞を元の場所に戻しつつテーブルから脚を下ろし、

ゴールデンルールに従って淹れられた、熱いミルクティーを受け取る。

「はー・・・うま。」

一口飲んだレグは、宙に向かって感想を呟く。

「ドーモ。」

その感想にまた、呟くように返事をし、レグの正面の椅子に座った。

いつの間にか朝食は完成したらしく、テーブルに広がっている。

水を触る為に捲くっていたシャツの袖を直し、フォークを持ち、料理を口に運ぶ。

彼はこの船のコック兼航海士、レグの弟のウェヌ。

二人は一卵性の双子である為、その赤と青のメッシュが無ければ、

テーブルを挟んで向かい合い、二人が目を伏せた今、見分けは付かないだろう。

“目を伏せた”というのは、二人の瞳の色が異なるからだ。

しかし二人共片目を眼帯で覆っており、その中身は失っているようだった。


「ごちそーサマ!」

ウェヌよりひと足早く朝食を平らげたレグは、ようやくシャツのボタンを留め始めた。

上から二つ目のボタンがあるべき場所には何も付いておらず、開いたままになっている。

「おそまつ、サマ。」

同じシャツを同じように着たウェヌは、相変わらず朝食を食べながら、広げた地図に目を通す。

「あっ、海鳥達にも餌やらなきゃな。さっきから呼んでやがる。」

若干駆け足で、レグは階段へと向かった。


外へ出ると、海鳥達は小さな群れを成し、船の上を飛んでいた。

レグの姿を確認すると、一斉に船の上へ着陸し、寄って来る。

「悪ぃ悪ぃ、ほらよ。」

船の上へ、手の平いっぱいの餌を撒いた。

「なぁ、今日の様子はどうだ?嵐なんか来やしねぇよな?」

レグは、餌をつつく海鳥に話しかけた。

海鳥は餌を食べるのを一旦止め、レグの顔を真っ直ぐ見つめ、一鳴きした。

「そうか!それはよかった。あぁすまない、食事を続けてくれ、サンキュ。」

・・もちろん、特殊なのはこの海鳥ではなく、レグの方だ。

物心付いた頃から、どうやら動物と会話ができるらしい。

動物だけではない・・

「レ・・・・・グ・・・・ゥ・・・」

レグの後方から、今にも消えそうな男の声。

「ん?おー、骨の奴!どうした?」

後方にはまさに骨、白骨化し、更に半透明な男がよろよろと歩いて来た。

ボロボロになった衣服は、海賊だったものと思われる。

「昨晩・・・お前ガ・・・寝タ・・後・・・この船・・ニ・・・女ガ・・・来た・・・ゾ」

「女ぁ?どんな子だった?」

「長イ・・ウェーブのかかった・・・金髪ニ・・・赤っぽイ・・・・目・・・」

「あーはいはい分かった、あの子か・・・・」

もう来るなと言った筈だろう・・と、溜め息をつき、寝癖を摘み、ひっぱる。

「・・・まぁ・・いいか・・・いい女だったんだけど、残念だなァ・・。」

少し憂いたような瞳で空を見上げ、ぽそりと呟く。

軽く伏せられた長い金色の睫毛は、空の青に少し同化している。

「・・にしてもお前ボロボロだなぁ?服いるか?」

「・・・ハハ・・・・着れなイ・・・カラ・・・・・」

「そっかー」

人懐っこい笑顔に戻り、骨の男と談笑する。

「に・・・・兄さん・・・・?」

前方のドアが少し開き、食事と食器の片付けを終えたウェヌがおずおずと顔を出した。

「弟ガ・・・・来たか・・・・なら俺ハ・・・退散・・・するかナ・・・・」

「お?おー!サンキューな!」

レグが骨の男に手を振ると、骨の男は、その場に溶けるように消えた。

「ウェヌー?どしたー?」

「・・も、もう、居ない・・?」

幽霊の類が怖いらしいウェヌの顔は、少し青ざめているように見える。

「おう、どっか行ったぞ?」

「そ、そっか。これ、あっちの島までの、進路と、コンパス。」

「おっ、サンキュ。」

駆け寄って来て、地図とコンパスを渡す。

「おし、じゃあ早速船を出すか。」

大きな帆が張られ、錨が上がり、海賊船は、ゆっくりと進み出した―。