上機嫌の少年は地下にある隠された店へ来た。
「こーんにーちわー。」
「よう、ニータじゃねえか。今日は?」
「ふふっ、これ。西の方のブランドだよ。この辺りじゃなかなか見られない。」
「ほう?いいモン手に入れたな。金額は・・こんなもんでどうだ?」
「一桁足りないでしょ?ふざけてるの?」
「ははっ、やっぱニータにゃ敵わないなあ。ほら、これでいいだろ?」
「うんっ、ありがと♪」
交渉を終え、店主が準備をしている間、店の隅にある椅子でココアを飲む。
すると、一人の男が店へ入ってきた。
ここへ人が来るのは、大変珍しい。
「よう、お?先客が居んのか」
「おーおー、今日は大繁盛だな。どうしたレグ。」
真っ赤なコート、赤いメッシュ、
それとは対照的な、クールな澄んだスカイブルーの瞳。
その顔立ちは、派手ではあるが、ニータに負けずよく整っている。
身なりからして、海賊だろう。本物を見るのは、ニータも初めてだ。
「いやあ、こないだ仕入れた縄を無くしちまってよ・・丈夫な縄置いてるか?」
「はは、じゃあこいつなんかどうだ?縛るとチクチクして・・・すげえ痛いぞ?」
「ほう・・?」
店主と海賊はにたにたと、何か企むように、楽しげに話している。
「じゃあそれ貰おうか。金は今払って行くから、数日後ここに来る弟に渡しておいてくれ。」
「まいど!」
海賊はここの店主を信頼しているようだ。長い付き合いなんだろうか。
海賊は颯爽と立ち去り、店は再び静寂に包まれた。
「・・・」
「今のはレグ。海賊の船長だよ。派手な奴だろ」
言いたげなニータの顔を見て察したのか、店主は海賊の事を説明する。
「声・・今の男の人だよね?」
「ああ、なかなか女顔だけどな」
「釣れるかな?」
「さぁ、アイツはどうかな」
「僕が戻って来る前に準備終わらせといてよね」
「はいはい」
ニータは店を出、小走りで海賊の後を追った。
カツカツ、と、レンガ道の続く路地裏を、レグは歩いた。
「港からもーちょい近い所にあるといいんだけどなあ、あの店。」
と、独り言を零している。
歩くのがだるいらしい。
長い道を歩いて来た。右には壁、左にも壁。
「・・・あり・・?」
どれだけ歩いても目的地に辿り着かず、やっと気付いたようだ、自分が迷った事に。
「・・ったく、これだから陸地は・・・」
頭を掻きながら振り返ると、先ほどの店に居た少年が立っていた。
「おにーさん、迷子になっちゃったの?」
「ああ、どうやらそうらしいな。」
「そっか・・おにーさん、船長さんなんだもんね?」
「あの店主が言ったのか?」
はー・・、とため息を漏らす。
情報の漏洩は、あまり好ましくないらしい。
「だから、ここが誰も来ない行き止まりだって事も、おにーさんは知らないんだ」
「・・・?」
少年は、怪しく口角を吊り上げる。
「ねえ、おにーさんは、オトコのコもイケるクチ?」
「・・は?」
「ボク、おにーさんにすごーく興味あるなぁ~」
「・・えーっと? ・・・・!お前、今すぐここから逃げろ」
「え?」
「早く・・!」
数秒後、少年は何者かに後ろから首を突かれ、気を失った。
少年が目を覚ますと、牢と、青いコートを羽織った男が目に入った。
「はれ・・?おにーさん・・?」
「・・・兄さんに、何か、したのか」
「ん・・?」
声がレグと違う。
よく似た声ではあるが、レグよりもずっと暗い印象を受ける声だった。
「・・・・あっ、弟・・なの?」
店でレグが店主に、弟に渡してくれ、と言っていたのを思い出す。
双子だったのか、と、見分けの付かぬ程よく似た目の前の男の顔を眺める。
「質問、してるのは、俺だ。答えろ。兄さんに、何か、した、のか。」
まるで、電波の繋がりにくいトランシーバーのような口調だと、少年は思った。
「アンタのせいで何もできなかったけど。」
「・・・そう、か。何が、目的だ」
「そうだね、財宝・・かな?」
「ふん・・・」
そこに、レグが入ってきた。
「目を覚ましたか。大丈夫か?悪いな、手荒い歓迎で。」
「う、うん。」
この二人の顔が並ぶと、不思議な感覚をおぼえる。
「で?さっきのは何だったんだ?」
「僕はただ、おにーさんが気になるだけだよ。」
「お前・・・っ」
弟が気を悪くしたようで、身を乗り出すが、レグがまぁまぁ、と落ち着かせる。
「あの店に居たって事は、気になるのは金庫の中なんだろ?」
「ふふ、そうかもね。」
レグが、弟に軽く合図のようなものをすると、弟はしぶしぶ部屋を出て行った。
「さっきは弟が大変失礼した。ああいう奴なんだ。」
「別に?」
「ここへ戻って来る時、腕を折った紳士を見かけた。あれをやったのはお前か?」
「ふふ・・どうかな?」
「ふっ・・どうやってやったのか気になるな。この木の棒でもできるか?」
「できたら、その腕に付けてるブレスレットを頂戴?」
「ああ・・こいつか。こいつは高く売れるだろうな。それだけか?」
「話が早い人だね。僕も、この海賊に入れてよ。」
「ふん・・いいだろう。但し、俺に近付きすぎるな。お前の命が危うくなるからな。」
レグは、腕の太さくらいある木の棒を手渡す。
その木の棒を受け取り、片手で握り潰すように折った。
「へえ・・こいつは驚いた。交渉成立だ。この船の為に、その力を使ってもらおうか。」
腕からキラキラと光るブレスレットを外し、少年に渡した。
「ふふ、ありがと。」
「そういう事だ、ウェヌ。殺さないようにな。」
普通に喋る声と変わらない音量で、レグは言う。
ウェヌはさっき部屋から出て行ったのに。
「ああ・・まあ、それでいい。歓迎してやれ。」
まるでテレパシーでも使い、会話しているような。
「・・・?」
「ああ、あいつにはこれで聞こえるんだ。」
「どうして?」
「地獄耳・・だからか?」
この兄弟はまだまだ面白い事が多そうで、
少年はワクワクと、胸を躍らせていた。