昔、十にも満たない幼い頃、俺は大きな傷を負った。

奇跡的に今じゃ傷跡ひとつ残ってねえが、たまに、あの頃・・傷を負った時のように、

この傷が痛む事がある―。



「・・っぐ・・っ!かは・・ッ」

真夜中、レグは一人ベッドの上で胸を押さえ、転げるようにしてもがき苦しんでいた。

ひゅうひゅうと浅い呼吸を繰り返すその口元にも、滴り落ちる程の汗が滲んでいる。

震える手でシャツのボタンを外し、乱すようにしてゆっくりとシャツを脱いだ。

その胸に、傷跡は無い。

触ると少しボコボコとした感触がある気がするという程度だ。

「はあ・・っ、はぁ・・くう・・っ」

鋭い痛みが、未だレグの胸に突き刺さる。

あの闇に鈍く光る、大きなナイフの痛みが・・・



あれは、俺とウェヌが九歳の頃だ・・

俺達は既に海賊として、他の海賊から宝を盗み、金貨を撒き散らして楽しくやってた。

ウェヌは、大人しくて不器用でなんにもできなくて、いつも俺の後ろにひっついて隠れて。

でも弟一人くらい守れる、それが誇り高き海賊だと、

これから船長になる俺が弟一人守れなくてどうすると、あの時思ってた。

でも、ある日それをズタズタに引き裂く事件が起きた。


また俺達は他の海賊の船に乗り込んだ。

その時は名を挙げる事ばっか考えて、俺達二人、単身で。

でも俺達は、あっさり捕まっちまったよ。

この傷を受けた、忌々しい海賊に・・



「離せ・・離せよ!」

武器を取られ、片腕を掴まれ、軽く吊り上げられた幼いレグは、未だ抵抗してみせる。

「離せ!!はな・・ごふ・・っ!」

腹に入れられたパンチで、レグはぐったりと口を閉ざす。

「・・・・・・離せって・・言ってんだろうが・・・!!」

数分が経ち、少し体力の回復したレグは、捕まっている海賊の手から離れんとし、反撃を開始した。

「・・・っ!!」

その瞬間、海賊が握っていたナイフが、レグの胸を突き刺した。

「にいさん!!」

レグの正面で大人しく捕まっていたウェヌが、それを見て叫びを上げた。

レグの意識は、そこで途絶えた―。


「(・・・生き、てる・・?)」

次にレグが目を開いた時、その目に映り込んだのは、暗い部屋と真っ黒に染まった床。

レグの着ている服も、手も、顔も、床を染めるその液体に濡れていた。

顔を拭い、その手の甲を見た時、その液体が黒ではなく、赤い事に気付き、ゆっくりと顔を上げる。

そこには、床のように真っ赤に染まり、そこら中に倒れている先ほどの海賊、

そしてその重なった屍の中心に、同じく真っ赤に染まり、静かに、奇怪に笑い声を上げる、

弟のウェヌだった。

その手には、レグの胸を抉った大きなナイフが握られている。

「くふっ・・き、ははははっ ひっ、ひ、ひひあはははは・・・っ!」

「ウェ・・ウェヌ・・・?」

あまりに凄惨なその光景を目の前に、少し震える声で、

追いつかない頭への説明を要求する。

青かったシャツはもう、青い部分が無い程鮮血に染まっている。

「ああ・・・にいさん・・・?オハヨウ・・・ひひ、見てよ、これ。俺、やったよ・・?」

ゆっくりと首を回しレグの方を向いたウェヌは、目を見開き、大きかったその瞳は縮み、

口は大きく横へ引き口角を吊り上げて、まさしく、狂っているようだった。

「・・・・っ」

初めて見る弟の顔、惨たらしい光景・・・生き残ったという、痛い程の実感、現実。

釣られるようにして、引きつらせながら笑い顔になり、唾を飲み込む。

「・・ウェヌ・・よく、やった・・・よく・・・・」

絞り出した言葉は、純粋な弟を褒める、兄の言葉。

「・・・!!にいさん・・!はは・・っ!褒められた・・にいさんに・・はははっ!」

踊るようにその場でくるくると回るウェヌを見て、レグは笑ったまま、涙を流した。

その場の混沌とした空気に、耐え切れなかった。

「なぁウェヌ・・、そのナイフ、ちょっと貸してくれよ・・」

その言葉に従順に、ウェヌは柄を向け、ナイフをレグに手渡した。

痛みっぱなしの胸を押さえ、ウェヌに支えられながらレグはなんとか立ち上がり、よろめきながら死体の山を歩く。

重なった死体を蹴って転がし、ひとりひとり顔を確認してゆく。

すると、山になった一番下に、レグを刺した若い海賊を見つけた。

ウェヌは最優先でこいつを殺ったんだろう。

その男の腹に跨り、ナイフを両手でしっかりと逆手に握り、

弟と全く同じ笑い顔で・・・

レグは、その男の胸に強く、ナイフを振り下ろした。


その反動で胸の傷が強く痛み、レグは再び意識を手放そうとしたその寸前、

ウェヌの顔を見やると、先ほどまでの笑顔は消え、再びナイフを刺した若い海賊の顔を冷たく見下ろしていた。

その凍るような眼差しは、まるで別人のようだった―。