*キャラクター

 

画家のお兄さん


「おまえは本当に絵を描くのが好きだねえ、」

 

「前髪がそんなに長いと、絵を描くのに邪魔になるだろうねえ、」

 

「けれどそんなに綺麗な黒髪だと、切るのがどうしても惜しくなってしまってねえ・・・・」

 

「あっ、こらこら、床には描いちゃいけないよ、ちゃんとキャンバスに描くんだ」

 

 

 

 

コン、コン、コン。

小さな家の、煤けた木のドアをノックする。

 

「お兄さん、こんにちはー。」

 

声を掛けてみるが、中から返事は来ない。

ノブを捻り、中を覗き込む。晴れた昼間だと言うのに、部屋は薄暗い。

部屋に踏み入ると、床がギシリと音を立てた。

奥の部屋から、カチャカチャと小さな物音がしている。

行くと、いつもの通り、お兄さんが柔らかな表情でキャンバスに向かって座っている。

 

「お兄さん。」

「おや、来たのかい。ごめんね、また熱中してて気が付かなかったよ。」

 

よいしょ、と小さく呟き、椅子から立ち上がる。

 

「あ、いいよいいよ、僕が淹れてくる。」

「お、そうかい?ありがとう。」

 

狭いキッチンでポットを手に取り、いつもお兄さんがしてるように

茶葉を入れ、お湯を注ぎ、少し欠けたティーカップに紅茶を注いだ。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう、うん、いい香りだ。」

 

お兄さんは金色の長い睫毛を伏せ、紅茶に口をつけた。

 

「あちち、まだ飲めないね。」

しかし猫舌だ。ちっとも学習しやしない。

 

 

お兄さんは、僕が来るといつもアトリエで絵を描いている。

その絵は、この世には無いものを表現していて、描いてあるものはいつも色々だ。

薄桃色の怪鳥、灰色の業火、果てまで続く水色の草原・・・

 

僕はお兄さんの絵がとても好きなのだけれど、

お兄さんは、「ちっとも売れなくてね、今日ももやし生活さ。たはは・・・」と言う。

 

だから若いのにこんな不便で小さな家に一人で住んで、

毎日よれよれのシャツとパンツとカーディガンにボロボロのサンダル姿だ。

繊細そうな顔立ちも、暖かな日差しのような金の髪も、白く線の細い身体も、

折角とても美しい人なのだから、もっと絵が売れて、いい場所に住んでいい服を着てほしいものだ。

 

 

紅茶を飲み終え、キャンバスの前に戻ろうとするお兄さんを見て、僕は急に思い立って言った。

「ねえお兄さん、一緒に写真を撮ろうよ!」

「ええ・・・けどお兄さん写真はあんまり・・・」

写真が苦手なのは知っている。

「それでも記念に!ほら、笑ってお兄さん」

「前もそう言ってただろう・・もう・・・・い、いえーい・・・・」

パシャッ。

携帯の画面を確認する。お兄さんは顔が引きつっているが、いい写真が撮れた。

何だかんだ言って、とっても優しい人だから頼みを断れないんだ、この人は。

 

写真を撮り終えると、やれやれと言い結局キャンバスの前へ戻り、絵を再開してしまったので

その日は家へ帰った。

自室のベッドに寝転がり、携帯のお兄さんと一緒に撮った写真を見返した。

「あれ?何か変だな」

前に撮った写真と比べると、何だか写真が色褪せているような気がする。

携帯は買い換えて間もないし、紙でもあるまいし、そんな筈はないのだが。

 

そういえばお兄さんの瞳は、あんなに透き通った紫色をしていただろうか?

お兄さんの唇は、舌は、もっと赤くなかっただろうか?

どんな洗濯の仕方をしたら、この短期間で茶色のズボンがほぼ白色になるまで色褪せるんだろうか?

元々静かな人ではあるが、あんなに細く掠れた声になったのはどうしてだ?

 

お兄さんは、日に日に薄くなってる気がするんだ・・・・・どうしてだろう?