A.P.238 2/20

 

眩い光に包まれ、目を開けると、

そこは惑星ナベリウスの青々とした木々の中だった。

元気で初々しい研修生達が、お疲れ様です!と声を掛け、横を通り過ぎてゆく。

前日の無様な研修生の姿がフラッシュバックし、溜息をつく。

時計を見ると、ダーカーが発生する1時間程前に飛ばされたようだ。

 

任務は、自分一人でできるだけの事をし、

新人アークスが一人でも助けられればそれで万々歳、だそうだ。

今いるエリアの周辺マップを開き、研修生を指す点を目で追い、

其方へ歩いて行った

 

「・・・・あ?」

・・筈だったのだが、どうやら迷ってしまったようだ。

目の前には巨大な大木と行き止まり、

ひと気など全く無さそうな所に来てしまった。

 

持ち歩いているチョコレートをひと粒口に放り込み、

溜息混じりに来た道を引き返そうと踵を返すと、

そこには一人の研修生が立っていた。

新人研修は、グループ行動推奨だった筈だが。

暗い青髪の少年は、木々に見惚れてこちらには気付かない。

 

少し気にはなったが、

少年を横目に、研修生が多い道に戻る。

背中に少年の視線を感じながらも、振り返る事無く。

 

 

時は来た。

周辺にダーカーが一斉に沸き、研修生達が大声を上げ、

やや逃げ腰で武器を構える。

 

アイルも、研修生達の群れに辿り着く前に

ダーカーに囲まれてしまったが、

目の前のダーカーを思い切り踏みつけ、飛び上がり先を急いだ。

 

小さく悲鳴を漏らしながら、ずるずると後ずさる腰の抜けた研修生の前に立ち、

ダーカーをひとつ、ひとつと手際よく斬り捨ててゆく。

「さっさとシップへ戻れ腰抜・・・」

これでひとまず任務達成・・・と、研修生を逃がそうとしたが、

斬り捨てたダーカーの残骸に、どうしてか、瞳と心が捕らわれて離れない。

芳醇な香りに、足が勝手に、残骸の方へ向かう。

その残骸の横で、ナベリウスの原生種が、ひくひくと鼻を動かし、

匂いを確認しているのが見える。

その姿に、どうしてか、唾液が溢れて止まらない。

 

「ひい・・っ!?」

背後から聞こえた研修生の悲鳴でハッとして自分の手を見る。

粘ついた赤と黒の液体、細かい肉片と体毛と皮と、鈍く黒光りする破片が、

あたりに液体と共に広がっている。

舌と、歯茎と、上顎と、喉が少し痛い。

痛みには敏感な筈なのに、意識が飛ぶ程、俺は何をしていた・・?

 

「お、おい・・っ」

背後で、研修生がアイルに声を掛ける。その声は震えている。

「ダ・・・ダーカーを食うなんて・・・

それに・・・原生種だって・・・生で・・・・っ、

アンタ・・本当にアークスなのかよ・・っ!?」

地面に突き刺した刀を支えに、ゆっくりと立ち上がり、研修生を振り向く。

研修生は、酷く怯えた顔をしている。

俺は今、どんな顔をしているのだろう。

 

・・俺が、ダーカーを、食った?

研修生に問われた言葉を、今一度脳内で繰り返した。

「・・・う゛・・っ!!」

瞬間、吐き気に襲われ、

少し駆け出し、地に伏せるように派手に吐き戻す。

たった今の事なのに、たった一瞬の事なのに、記憶が無い。

自分の事なのに、ダーカーを食うなんて、正気じゃない。

俺は、如何してそんな事を・・?

吐き戻した中に、ダーカーの一部と思しき残骸が見え、また吐く。

大量の赤黒い吐瀉物と血に塗れた自分の腕の、真っ赤なタトゥーのような模様が目に映る。

 

“造龍”・・・

それは、ダーカーを呼び、全て喰らい尽くす、人工的に造られた失敗作の龍・・・

 

これは、先日の実験を受けた影響なのだろう。

俺は、あの造龍と同じになってしまったのだろう。

全てを悟った瞬間、何だか全てがどうでもよくなった。

 

「おいてめえら・・さっさと俺の前から姿を消せ。

さもなくば・・・喰うぞ」

研修生をもう一度振り向き、言い放った。

哀しくも、実はこれはただの脅しでは無く、本当に、

小刻みに震える研修生の手が、目が、美味そうに見えたのだ。

しかし、蝕まれゆく理性でそれを抑える。

そそくさとシップへ戻ってゆく研修生の背中を見送り、

暫らく、その場で茫然と立ち竦んだ。

 

ナベリウスによく降る、通り雨の豪雨が、

顔と手の血を洗い落してゆく。

雨はたちまち雷雨に変わり、その雷が、天罰を下すようにアイルを打つ。

体内に保有する、多量のフォトンのおかげで、雷は多少の痛みで済むのだが、

“俺が何をしたと言うんだ”という理不尽の雷に、空に、

造龍が如く、けたたましく吼えた。

次の瞬間、アイルは、大量のダーカーに取り囲まれた。

 

 

To be continued.